母校の京都精華大学主催のダライラマ法王の講演
「世界を自由にするための方法」からもう3年の月日が流れました。
 
ダライラマ法王のいつも話をされる初めに語られる言葉。
「世界は70億近くの人が生きています。
その誰とも違わぬ私自身もただ一人の人であるということ。
特別な存在や人に崇められる存在ではない」と。
 
此処が好き。
 
僕も「人には上も下もなし」そう考えています。
もちろん相手に対して礼節を尽くすのは言うまでもありませんが、
地位や何か上に立った時に大切なのはこの気持ちだと思うのです。
 
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
 
これです。稲穂すごい!!。どれだけ自身が実ったとしても、
それは、まさに回りのお陰さまのお陰であって、
自身だけが築いたことではないことは確かなこと。
この謙虚さと感謝の気持ちを真のところで持ち続ければ、
すべてはうまく行くようになっています。断言してもいい!。
 
「世界を自由にするための方法」
 
お話されてもおられました。結局のところ世界を自由にすることは
自分自身から自由になることに他ならないと。
 
誰かに自由にしてもらったり自由を求めてマイナスの感情で戦うことは
負の連鎖を繰り返してしまうだけで、一時解決したようになったとしても
再び同じ問題が起こるものです。
 
僕の考える自由とは外の何かからの自由ではなく。
内なる自分自身からの自由なのだと同じく思います。
 
また好き放題、自分勝手にすることが自由でもない。
自由とは自分や回りがつくってきた枠の中からの解放であり、
多次元的な視野(見える世界、見えない世界もすべて)で
自由自在に客観と主観を行き来できる自由なこころのことなのです。
 
想い描いた意識が現実化するのが、この世界だとしたらば、
プラスもマイナスも想い描いたとおりに叶ってしまうのがこの世界だ。
だとしたらプラスにどんどん加速して実現していく方が、
逆の何千何万倍楽しいことか〜☆。
 
きっとすべての人はユメ描く世界を望んでいるはず。
だけど叶わなかったり諦めたりするのは、
実はここにトリック&トラップが隠されているからだ。
ここに気づくことができて、
自身の思い込みから解放できれば、あとは叶うだけ。
 
人を思い通りに変えようとコントロールしようとしたり‥。
そして変わらないことに苛立ったり目指す方向がまったく真逆。
自分が変わることを忘れてしまっていることにいつ気づけるか?
 
どうせなら、プラスを選択して実現していきたいね。
ほんとうの意味の戦いは自分自身に打ち勝つことなのではないか。
世界を自由にするのは一人一人の自身の心の自由からすべては始まる!。
 
そう、こんなにも世界は美しい。

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