今、或るお寺の実施設計と見積調整のラストスパートをかけながら、
時折、本を読んだり・facebookをみたり・氣を整えながらも
確実にこれっ!という答えへと導いています。

ふっ。と時間ができると、
僕はいつも言葉を紡ぎたくなる。

建築という表現方法は実は僕の中の一部でしかなく、
その他のデザインすることや写真で刻を切り撮ることと同様に。

否それ以上に僕にとって言葉を紡ぐことはとても大切な表現方法の一つで在る。
一応Proのコピーライターとしての肩書きも密かに持っていたりする。
それだけ好きな表現の一つ。

人生においての「選択」は誰しも誰にでも同じく平等に与えられた生まれし
時からの天からの贈り物。その選択一つ一つに、前世からの縁があったり、
仏教的な表現では業という課題があったりして、
導かれるままに無意識に選択していたりする。


丁度一年ちょっと前の冬の日に。
記した僕自身のBlog「風日和」の記事「二つの選択」。

http://blog.livedoor.jp/factory0523/archives/52375000.html

「大きく大きく僕たちの生きるこの世界を二つに分けることができる。

 それは、愛を起点として生きるか、
 不安を起点として生きるか、この二つと云いきってしまってもいい。

 愛に満たされている人は思考や行動のすべてが愛で始まり、
 不安でいっぱいの人は思考や行動のすべてが不安で始まる。」



誰しも平等にそれぞれのさまざまな帰路がやってくる。
その瞬間瞬間にどれだけ誠心誠意、自分と向き合ったかの経験が自身の責任とともに
よしもわるしも結果として目の前の事象として現われてくる‥。

すべては成るがままのながれゆく縁。
先がわからないから楽しいのだ、旅みたいに‥。


僕が僕であるために
人の目を通して自分を見るのではなく
僕が僕であるために

「自分」という軸を愛して「自分」を大切にしていきたい。
「ご自愛ください」の意味が最近ようやく分かりだしました‥。


ふと、春深い今宵、敬愛するyuraiのお二人の曲が聴きたくなります。
EMAさん。ESOHさん。お元気だろうか?。

深く深く‥心に沁みます。