ほんとに。
ほんとに。
最近気持ちよい日々が続きますね。

昨日、出町商店街近くにある銀行へ。てくてく散歩。
いつも下鴨神社の東側の塀沿いの小さな道を歩き
途中から神社の参道に入り糺すの杜を南へと歩いていくいつもの散歩道。

陽射しが、ぽかぽか気持ちよく。
ひとり、にやにや嬉しくなって。
思わず「気持ちいい〜☆」っと叫んでしまった・笑。

こういうのが、しあわせやな〜って思える瞬間。
日々なにかとスケジュールに追われていたりするけれど、それはそれ。
ま、なんとかなるさ♪。

だいじょうぶ。
だいじょうぶ。

と。根拠のない自信に満ちている自分という意識がいつもたのしいなって思う。
そう。目の前にうつる世界は自分自身の意識がつくっている。


下鴨亭が再びはじまってから丁度ひと月が過ぎました。
長いようで短いようで時の感覚がここ最近すっとんでしまう不思議な感覚。

確実にはじまってからの氣のながれが変わった。
確実によい風が吹いている。

よい風が吹くというのは自身の心の中が静かに地に足をついている証でもある。
受け身としてではなく能動的な結果なのだ。

夏前まで引きずっていた自己犠牲に基づくあれやこれや。
すべて手放した。

もうやらない。
どれだけ困っているから助けてほしいと云われても、
それがマイナスからなのかプラスからなのかの見極めがはっきりできるようになった。
プラスを向いていることならば喜んで関わらせていただきたい。
マイナスを向いていることならば、こちらの時間がもったいない。

どんなに仕事に困っていると云われても。
それはこちらの問題でもなく政治や世の中の問題でもなく自身の問題だ。
その自身が変われば一瞬で動き出す世界が変わっていく。
と、いうことに氣づけるかどうかの絶好のチャンスなのだから
僕がそのチャンスを取ってしまうことはない。

つめたいようだけど。
自力でなんとかしてもらうしかない。

つまりは自分という軸が基本にあり
たのしいか、たのしくないか、が大きな選択のポイントだ。
それも直感的な見極めしかない。


精神的な自立。
それができているのかどうかが仕事や仕事以外も共に行動できるかの境界線。
経済的自立ができてなくても精神的な自立ができていれば、なんの問題もない。
そう僕は思っている。経済的な自立とはあとから付いてくるものだから。

経済的自立ができたら精神的自立ができるのではなく。
精神的自立ができたら経済的自立がおまけで付いてくる。

この辺りを長年の常識と呼ばれる学校教育で教えこまれたことから
常識の外に出られなく、ぐるぐる〜回っている光景を時々みることがある。時々。


ま、とにかく。
今、僕自身がやりたいこと。
実現したいことが山盛りなのでプラスの気持ちで依頼してくださる仕事については
全力以上の気持ちで取り組ませていただき、こちらからお願いしたいくらいだけど。

そうではないマイナスの助けて系はこちらに時間があってもほんとごめんなさい。
僕にとっての時間の無駄と言い切っておく。

依存関係ではなく。
お互いが精神的な自立を基本にたった者同士の恊働はこんなにたのしいことはない。
切磋琢磨の相乗効果っ☆。

みんな〜すべてをたのしも♪。
不安とか怖れにとらわれて生きるのではなく。
秋の気持ち良い素敵な風を感じて生きようよ♪。

そして心によい素敵な風が吹きますよう☆願ってます。


お空