GW中ですね。
いかがお過ごしですか?。

さて一昨日の「いちにち」のこと。
来てくださった方、出店してくださった方
遠方から訪れてくださったみなさん、いつものみなさん。
ありがとうございます。

いかがでしたか?。
なにか感じられましたか?。
僕は主催者として、一参加者として
ずっと感じていることをここに記したくなりました。

どうしようか。
迷った部分もあるのだけど、「今」そう感じたので記すことにしました。
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お客さん出店者さんはじめ、みなさんへ



まる2年前の春から、なんとなく自然にはじまった「いちにち商店街」
元々1年だけ「やってみようか」そんな気持ちで主催メンバーではじめたこの市。

続けよう!とか、続けなければならない!とか、
なにがなんでも続ける!頑張る。そういった想いはまったくなく。

あるのは、必要とされるのであれば続けよう。
そして必要とされなくなったら自然になくなろう。
そういった無理のない天に任せてしまっている想いだけなのです。

コンセプトに、うたっているように。

    すごくゆるくて
    がんばってなくて
    しあわせがあって
    無理がなく
    ながれるままに
    なんとなくはじまって
    なんとなくおわっている

    なんとなく目指す未来の縮図がここにある
    そんないちにち。

その1:必要なものが、必要なところに届きますように。
その2:売る人も買う人も、こころのお財布がにっこり笑いますように。
その3:身につけるもの 食べるもの 住むところや道具たち‥
    すべてもとは どこかでつながり合っている大切な自然やいのち
    人とモノのつながりから楽しく心地良く伝わる場となりますように


この関係を意図してつくるのではなく自然にそうなることを目指す。
つまり「意図しないということを意図する」ということ。
関わってくださる人たちみんなの心がすべての現れとして場が生まれる。

ただそれだけ。

主催者側が、あれこれ用意して、用意されてつくられる世界。
つまり今の社会のどこにでもある構図、ある意味あたり前とされている
生産者、消費者という分離された関係ではない世界。

それを見たくて、経験してみたくて。開催して来たところがありました。


「自由で、ゆるくて、ゆるされてしまう世界」


このほんとうの意味を今一度じっくりみんなに考えてほしい。

3月1日のこと。
ある子が子どもたち同士で2階に行ったり来たり〜遊んでいた中で
階段の途中から転げ落ちて‥、下の石に頭をぶつけそうになりました。
大泣きしていたけど大事には至らなかったので良かったのだけど

それはほんとうに意味のあるメッセージだな。
そう感じて、あれ以来、4月1日と5月1日と様子をみていました。

そして。
やはり偏って来ているな。

つまり自由とは責任と表裏一体で成り立つもの。
自分勝手とは、相反するもの。

ゆるいから、ゆるされる。それは違う。

ゆるいけど回りを、他者に迷惑かけない。
下鴨亭のまわりのご近所さんにも迷惑をかけない、基本です。

5月1日は、ご近所さんのイライラ感をとても感じました。
このままいくと、静かな住宅地の中で開催させてもらっていることが成り立たなくなる。
そう感じました。

毎月1日の「いちにち商店街」。
ここに来れば、なんでも許されるわけではありません。

親子で来ていただくのも、もちろんWelcomeです。
だけど、そこには親しき中に礼儀ありのお互いさまの配慮が要ります。
それを無くしてしまったら、ただの無秩序で混沌とした場所になってしまう。

子連れで来られる方は、お客さんも出店者も
自分の子の保護者としてしっかり責任をもってください。

自分がたのしいから行きたい。
友だちと話込んでいるうちに、子どもたちは退屈で仕方ないのは普通のこと。
だからと言って、ゆるくて、ゆるされる空気だから放ったらかす。

子どもはエネルギーの塊で遊び回りたいに決まっています。
自分が子どもだったら、遊び!走り回りたい!きっと同じことをします。

そうなると。
子連れでないお客さんもいる中で他の人に迷惑をかけます。
子連れでないと居にくいのかな?そうおしゃってた方もいらっしゃいました。
ここは幼稚園でもお母さんたちの場所だけではありません。

「いちにち商店街」です。

商店街をちょっと想像してみてください。
近所の商店街に行ったとき、自分の子を野放しにしますか?。
お店にある商品を勝手に開けて食べていいと言いますか?。

お気にいりのカフェに行ったとき、隣のテーブルのお客さんのことを気にしないで
子どもを好き放題にさせますか?。お店中を走りまわっても良いと言いますか?。

やって良いことは良い。
やって悪いことは悪い。
教えてあげるのは親の責任です。

5月1日は、階段のこともあって。
二階は使わないようにしようと関係者で話し合って決め目の届く範囲で
みんなが気をつけようとしていました。

いつの間にか、子どもたちが退屈で二階に集合☆。
屋根を走り回ることを自慢していた子もいたり。

見つけては

「コラッ!二階はあかんで!」に対して。
「お母さんとお父さんがいいって言ったもん」

ある子が言ってました。


親子で来られる人。
そうでない人。
いろいろな方が来られてみんなが良くなる関係でないと場が変わってしまう。

「無秩序で混沌とした場」

そう感じてしまったので、これはと思いここに記します。
子どもたちの気持ちも考えてあげてください。
親の都合でたのしいから、
友だちと話したい預けるところがないから仕方なしに連れて来て放っておく。
単なるエゴです。親しき中の礼儀、責任を持てない人は来ないでください。

ほんとうの自由は自分勝手ではなく。
慈しみと感謝、他者のことを思いやるということから生まれます。

何度も言うけど、
続けることが目的ではありません。
いつでも止める準備はしています。

お客さん出店者さん、みんなの心すべてが場所をつくります。
エゴは必ず、なんらかの歪みを生み出します。
階段から転げ落ちて、大事に至らなかったことはまだ猶予を与えてもらえたこと。

このままいくと。
次はきっと無事で良かったにならない。
直感的にそう感じています。

続けるも無くなるも。
あなたの、みんな一人一人のこころ次第ということ。
ただそれだけです。


下鴨亭・平井純(文責)