目の前にうつっている世界。
そして目には見えない世界。
両方存在していて表裏一体でこの世界は成り立っている。

ちょっと昔ではなに言ってんの?と
変な人扱いされそうな精神世界のことも。
この時代になってしっかり普通に認識されるようになったと感じています。

僕も「なにか聴こえる?見える?話せる?」と、よく聞かれます。
  「いえいえ全然〜♪なんにも聴こえない見えない話せない。よ。」

と答えています。

でも、よくわからないけれど、なんとなくそんな気がすることはあります。
うまく説明はできないけど、ただなんとなく。
そんな曖昧で漠然としている自分の感じるままの直感に大きな信頼を置いています。

世の中には、
具体的に聴こえたり見えたり話せたりする人もたくさんおられます。

それはそれ。
だからと言って優れているわけでもなんでもなくて
たまたま今生では、そういうお役目だからそうなのでしょう。

つまり精神(こころ)の成長と
目には見えない世界の「聴こえる・見える・話せる」とは比例しない関係です。

なにより大切なことは、
目の前のあたりまえの幸せを日々有り難く感謝して
愛と調和の自然(宇宙)そのものの一部となって生きることなのではないだろうか。
幸せな人というのは常に愛と感謝のこころを他者に向けている人のことなのだと思う。

そのことをなんとなく
はじめっからわかってる人に出逢うことがあります。
ここ1年、ほんとに多い。


今まで生きてきた中で闇を知ったり
どうしようもないことからの途上だったり抜け出して来て
見いだした光、経験によって得られる光。

僕はどちらかと言えばこっちの方。
深い深い闇を知ってしまったことでなにより大切なことに気がつくことができた。
経験から来る信頼とでも言うのかな?それがあって今の自分の在り方ができあがった。

でもそんな経験はしなくても
はじめっからわかってる人は確かにいる。

人のオーラが見えるとか色がわかるとか。
神様の声を聴くことができる見えるとか。
神様の名前をぜんぶ知ってるとか。
神様の歴史についてめっちゃ詳しいとか。
精神世界の知識がたくさんあるとか。

ぜんぜんそんなのなくても
大切なことをなんとなくしっかりわかっている人。
どちらかと言うとそういう人のお役目の方が気になります。

たくさんの出逢いにほんと感謝♪。