中国語と日本語と英語の飛び交うオリエンタルな不思議な打ち合わせ。
二日目は一転してこちらの建築関係の会社を数社訪問しています。
建築途中の住宅工事の現場に連れてっていただきました。

1964年の東京オリンピック。
1970年の大阪万博。

きっと日本でも同じような開発ラッシュが続き高度経済成長することが豊かさに繋がると信じて走った時代があったことから考えても、永遠にこの開発は続くことなく人の心が苦しくなっていくことがきっと来るんだろうなと簡単に予想できてしまいます。

僕がこの国で、もし仕事として関わることがあるのならば
日本から今までの思想をしっかり持ってきてこちらでも一石投じてみる。
衣食住の「住」建築の仕事を通した環境平和活動。
それ以外は考えられません。

表面的なデザインのスタイルだけを持ってくることには興味もないことであって今すべてが開発している世界だからこそ、本当の心の癒しを建築も家具も音楽もひっくるめて提案できるのではないだろうか。そう説明させてもらいました。

大きな動きの中に、ひとしずく投じてゆく。
住むことはなくあくまでも季節を感じ稲穂輝く国、日本をベースにした関わり方。それならばできるかな。

丁度、こちらに来る前に立ち寄ったAWA MUSEのCDをフルセット持って来ているので建築と音楽とひっくるめた提案、お店や住まいの提案を組み立てられますねって話してました。

こちらの歴史の中の意匠(デザイン)には心奪われるものが数々あります。中国の民族を大きく分けても56民族あるのだそうです。漢民族が92%で後は8%の少数民族と呼ばれている人たちだけでも日本の人工と同じくらいの1億人くらいいるってこと。一つの国ってより合衆国ですね。複雑すぎてよく分かりません。

中国だけではなくアジア全体の精神性から自然に生まれた意匠をもっと学びたいってこちらに来て思っています。それら吸収した上で自身の感性で線を走らせる。欧米ではないアジア人としての表現を探ってみたいと思います。


家具工場1

家具工場2