内観1
 
日本人は「縁・えん」という言葉が大好きだ。
この目には見えないミステリアスな言葉。
目に見えるもののみを信じる傾向にある現代人にとっても
目に見えない「縁」という不思議な感覚はちゃんと残ってるみたいです。

人と人の縁、人と土地の縁という使われ方の他にも
建築でもこの縁という不思議な言葉は今も生きています。

湿気の多い日本の気候風土にあった建築、木造建築。
木造建築の中にもいろいろな工法があるんだけど、やっぱり古くより
受け継がれている伝統軸組工法はほんとによく考えられていて
昔の人はすごいなぁ〜っていつも感心しています。

家と庭をつなぐ曖昧な場所のことを「縁」と言います。
縁側とも言いますが、この家と庭(自然)との縁、つまり自然を生活の中に
それこそ自然に取り入れる仕組み。夏は縁側の建具を開けて庭と一体にして風を室内に呼び込みます。冬は中の畳間の障子を閉めて、更に縁の建具も締めて二重の防寒をします。雪見障子を少し開け雪が深々降り積もる様を愛でたりします。季節によって開けたり閉めたり移ろいゆく時を愉しむことができる。


ここで何か気がつきませんか?

「家と庭をつなぐ縁」

そう「家庭」という言葉はここから生まれています。
家族を含め人も家も庭(自然)も大切にする。すごいね言葉って。

僕は建築を設計するにあたって庭(自然)を一緒に考えてゆきます。
家庭という言葉が示すように本来一つとして家は考えられています。
自然と一緒に暮らす空間からはたくさんの情報、それこそ目に見えないなにかがあって人以外の自然界のいきものたちはそれらを受け取り循環してゆく。


最近、ちょっと気になっている藁の家のことを先月隣町でお話を聞く機会がありました。なるほど〜と思うことと反面、湿気の多い日本の気候風土にはあっていないかなというのが僕の感想です。壁の厚さが50cmほどになるので断熱効果はかなり高いのだけど、この「縁」という空間がつくりにくいな、そう思います。数千年変わらず受け継がれていることには、やっぱりちゃんと意味があるんですね、気候風土や日本人の精神性に合っているから今も在り続けている。

本来、藁の家はアフリカやアリゾナなど砂漠地帯の寒暖の差が一日の中で大きい土地には抜群に向いています。厳しい自然環境から人の生活を守る意味においてよくできた工法ですね。

きっと自然発生的にできあがった建築。
それが本来の在り方なんではないか、そう感じます。

エスキモーのイグルー
モンゴル遊牧の民のパオ
砂漠の藁と土の家
日本の木造の家
韓国のオンドル
ヨーロッパの石造りの家
などなど、どれも気候風土と民族の精神性に密接に関わっています。

ま、それでも部分使いとして内部の壁の一部を藁にしてみるとか、
曲線の壁をつくってみるとか、可能性は無限に広がりますね。
自分の感じる感性のままに取り入れていきたいなって思ってます。

どっちにせよ縁は素晴らしい〜てことやね。
今まで出逢った人たちにありがとうございます。
そしてこれから出逢うみなさん、どうぞよろしくお願いします。

内観2

内観3
 
お月見がしたいので東に縁をもってきた民家移築計画の現場です。
なんでもつくることっておもしろいですよ。